市民要望対応。
県議と意見交換。
拉致問題を考える埼玉県民の集い(浦和)。主催 埼玉県。
【拉致被害者】のご家族に以前個人的にお話を伺った際、「共産党は、1度も集会に出て来ない」と言われた事が、心に残っていました。
今の政府の取り組みでは、拉致問題の解決は望めない。では、私に出来る事は何なのか。考えて行動して来ました。政党は、関係ないと思います。
埼玉県庁が主催で、拉致問題の集会は今年で14回目になりますが今日、共産党の県議が参加しました。毎回変わりばえしない会合ではなく、1%でも目に見える変化を、これからも目指して行きたいと思います。
皆様の署名へのご協力を、切にお願い申し上げます。
上田知事「拉致問題が解決せず、私としても、申し訳ない想い」。
署名用紙のPDFです。ひろし事務所にご持参頂ければ幸いです。
上田知事「拉致問題が解決せず、私としても、申し訳ない想い」。
拉致被害者家族会代表 飯塚繁雄さん(田口八重子さんの兄)
「帰国だけが、我々が願っている事。
ミサイルが飛んで来たとか、どんな状況下にあろうとも、拉致問題を最優先で」。
集会終了後、個人的にお話させて頂きました。
田口八重子さんの息子(当時1才)、飯塚耕一郎さん(39才)。
「21才の時、住民票に『養子』と書いてある事を知る(今はこのような書き方ではない)。飲食店で父に「ここでは話せない」と言われ、帰宅して知らされる。
『田口八重子、死亡』と報道された時、電話で父と話していて、母はどうせ泣いているだろうから電話を変わりたくなかったが、母に変わったら「ごめんね」と言われた後、ずっと嗚咽していた。電話を切ってから、私は人生でこれ以上無い、あり得ない長い時間、涙を流した。
我々も、やみくもに生存を信じている訳ではないが、見たという証言もある。日本政府が、北朝鮮に拉致問題解決をちゃんと伝えていないのではないか。核・ ミサイルより、命のほうが重い。命は時間が限られている。5人が帰って来てから、12年。経済制裁を解除しようとした時、世論が動いて翌週それが止まり、 世論の力を感じている」。
参加者からの質問で、幼少でご自身も親を亡くされ「涙が止まらない」との話がありました。
拉致被害者 藤田進さんの弟、藤田隆司さん。
「拉致被害者で帰って来たのは、1%にも満たない。このままでは、国際社会は日本を批判するようになる。
戦後、国民を守るという意識が政府に無かった」。
埼玉県内 拉致被害者家族(一部)
(写真左から2人目)新木章さんの妹さん「母は亡くなった」。
(左)佐々木悦子さんのお母さん「拉致されて5年後、主人は亡くなった。私が生きているうちに」。
横田滋・早紀江さんが、埼玉の集会用にビデオ・メッセージを収録。
滋さんの足が近年、弱くなって来ていると、時々ご一緒して感じる(83才。今年84になる。早紀江さんも80才)。
時間が限られていると強く感じる。
ビデオ・メッセージという方法は、本人はとても心苦しいと思っている事でしょう。
宮崎アニメ『ラピュタ』の曲『君をのせて』の演奏がありました。
歌詞を読むと色々感じますね。
「父さんが残した熱い想い」「あのどれかひとつに君がいる」「いつかきっと出会う ぼくらを乗せて」という歌詞や、それ以外も。
国会議員・県会議員参加者。
国会議員本人の参加は、柴山・神山議員など。
野党の国会議員本人は無し。
年に1度なんだけど。
拉致問題は、日本が被害者。
関東大震災での虐殺では、朝鮮が被害者。埼玉県内で240人も殺しているとは、この記事を読むまで知りませんでした。
茨城県常総市の水害現場で私が話しかけたペルー人は、英語も話せませんでした。東日本大震災・熊本地震では、外国人によるとされる事案が、ネット上で取りざたされています。
そして拉致問題は、今の政府の対応では、一歩も前に進まないと多くの方は思っていると思います。そこで昨日、県庁の人権推進課・国際課に聞いたとこ ろ、関東大震災の教訓を生かそうとしている部署は無く、関東大震災の虐殺について学ぶ機会は無いか調査を依頼しました。都合の悪い事も大事だと思います。
県議と意見交換。
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今夜(土)11時~放送『関東大震災と朝鮮人 悲劇はなぜ起きたのか』NHK教育TV。
関東大震災での流言で、多くの朝鮮人が殺害されたのは、軍・警察・新聞も一時は流言の伝達に関与していたとの事。
現在は例えば、ネットという流言をはらむ媒体がある。今後、首都直下地震や南海トラフ大地震が起きて食糧が止まった時、流言が起きないという確証は無い。「島国」意識を学んだほうがいいと思います。災害が多い現状で。
ETV特集「関東大震災と朝鮮人 悲劇はなぜ起きたのか」