2013年12月29日の活動

沖縄へ(全額私費)。
 まず太平洋戦争での沖縄戦の資料収集の為、沖縄で一番大きな本屋へ(国際通り近くのジュンク堂書店)。
 沖縄に限りませんが、その地域の事が詳しく書かれた本は、都内の大きな本屋にも無いので、現地で購入します。
 修学旅行や個人で沖縄戦の戦跡のあまり知られていない所を回る為の地図付き解説書、基地問題の書籍などがありました。
 旅行雑誌まっぷるには、戦跡の事は、平和祈念公園の事がほとんどで2ページしか載っていないのは、どうかと思います。

 那覇市内で60代の方から、米軍基地移設問題について突っ込んでお話を伺う。

 米軍 普天間飛行場を一望できる嘉数(かかず)高台公園へ。この場所も、沖縄戦のトーチカ(鉄筋コンクリート製の防御陣地を指す軍事用語。特火点。)や壕が残っている。(現地への道すがら標識がいくつも出ています)
 

トーチカ(機関銃などを備えたコンクリート製の陣地)。
1229_01


日本軍の壕。
1229_02


砲弾の跡。
1229_03

 嘉数高台は、沖縄戦時、首里の軍司令部を守る前線陣地で、2千人の日本兵がいた。16日間に及ぶ戦闘で、住民の55%が犠牲に。米軍はこの高台を“いまわしの丘”“死の罠”と呼んだ。

オスプレイ(普天間基地)。
1229_06

 普天間基地は、今日は年末だからか軍用機の発着はほとんど無かったが、これ見よがしに、オスプレイが停まっていた。(前回来た時は、上空から普天間基地をヘリで見たが)今日は普天間基地から離れた所から見たのに、オスプレイは、こんなにデカイものかと驚いた。
 普天間基地は宜野湾市の中心にあって、住宅街と隣接しており、基地の面積は市の33%。
 2004年、基地脇の大学校舎に米軍ヘリが激突、墜落。

宜野湾市内で20代の方に、米軍基地についてお話を伺う。

—————-

 「沖縄県知事は入院時、官房長官など自民党国会議員と会合していた」と報じる沖縄の地元新聞
20131229_05

 「県庁職員は年明けまで辺野古移設の結論を保留すべきだと知事に進言していたが、入院中に何が起きているか知らなかった」と報じている。
 名護市長や市議から聞いた話や、地元で報じられる新聞は、我々本州に住む人には、新聞・TVで伝えられていない事が多い。
 名護市議は「マスコミはよく取材に来るが、3大紙は、辺野古移設に反対の側の記事を書かないので、取材に来ても仕方ないのではないかと思っている」と言っていました。